カテゴリー : ベンチャー企業経営

また孫さんです。あと三木谷さんも

孫さんの話はいつ聞いても面白い。 また、どっかの口演をUSTREAMしてくれました。 http://www.ustream.tv/recorded/6375858 普通に見ているだけでも、面白いし心が晴れやかになるし、前向きな気持ちになれる。 最後のほうで三木谷さんとの対談の中でぽろっとおそらく本音を言ってました。 「あの日本独自でものすごく遅いISDNをやめて、ADSLを広げるときに、ソフトバンクは討ち死にしてもいいと本気で思った。大体、歴史上の偉人って言うのは、誰かに刺されて死んでるよね。自分は生き残ったから教科書には載らないかも。」 なるほどなぁ。 そう考えたらどんなことだって挑戦できるね。 志をもって本当に挑戦したら 1.力尽きて討ち死にしたら→教科書に載れる。2.よしんば生き残ったら→心の満足が得られる。 どっちにしても、挑戦したらこんなにいいことが待っている。 なるほど、みんな挑戦しましょう!

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27.Apr, 2010

年末の書類整理

ベトナムで会社をやっているため、弊社の仕事納めは12月31日です。 ですが、昨日は自分の身の回りの書類の整理ややっておいたほうがいいけどやれていなかったことをやっていました。 こういった節目というのは大事ですね。 普段行き届いていなかったところに、手を加えると自分の脳に色々な刺激を与えられて、忘れていたことを思い出したり、心の変化を伴ったりしますね。 書類関係の整理が終われば、一年の振り返りと来年の計画を年末年始にかけて作りたいと思います。 ただ、年始はバンコクに旅行に行くので、旅行先でもしっかりと計画作りの時間を取らなければなりませんね。 旅行先では、得てして脳の働きが違った形で現れることが多いので、良い作用を伴えばよいですが、問題は遊びすぎて計画の策定する時間を取ることを忘れることですね。 何せ、今からバンコクに行ったらショッピングやら、タイマッサージやら、川下りやらやりたいことが満載です。 あと、二日がんばっていきましょう!

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30.Dec, 2009

人を雇うということ

人を雇って会社を成長していくときには、色々と考えさせられます。 この人の性格や能力は、うちの会社にあっているのか? この人がうちに来たことによってその人にとっても良いことであるのか? 将来的にその人が加入したことで弊社が成長するのか? 面接や履歴書といった数少ない情報源でその人を判断するしかないわけです。 会社にとって必要だと思うから、その人を雇うわけであります。 ただ、最終決定者として最近良く思うことがあります。 人を雇うことはその分だけ会社のキャパが広がるわけです。 キャパが広がるということは、その分自分のキャパも大きくしなければなりません。 つまり、自分自身が成長する大きなチャンスなのです。 よく、会社の器は社長の器といわれます。 鶏が先か、卵が先かという話がありますが、人を雇うことでつまりは社長の器を広くする大きなきっかけとなります。 人を雇うということは、当然その人材分以上の利益を上げなければならないという責任や義務が発生するわけです。 そう考えると、人材投資は会社の投資であってあるのと同時に、自分への投資なんだなぁと改めて思ってしまった。

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17.Dec, 2009

岡田監督の仕事

Livedoorニュースの記事に面白いものがありました。 かなり長文ですが、読む価値があると思います。 http://news.livedoor.com/article/detail/4502877/ 気になった箇所を以下抜粋 岡田 経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われるのですが、どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな便利で快適で安全な、のほほんとした社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないんですよね。ところがどん底に行った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ。  僕は1997年のフランスW杯予選の時にスイッチが入りました。当時は今なんかと比べ物にならないくらい、日本中がちょっと気が狂っていたかのように大騒動していました。初めて出られるかもしれないW杯を前にして、みんなが何も分からなかったんです。 岡田監督はよく禅をやられるそうで、禅では無心になることを目指すそうです。ただ、普通の人間はなかなか無心にはなられない。ただ、どういうときに無心になるかというと極限まで追い込まれたときに、無意識的な遺伝子にスイッチがオンになった瞬間との事です。 例えばコーチを集めて「お前どっちだと思う?」と多数決をとって、「3対2だから、はいこっち」と絶対いかない。全員が反対しても、たった1人で全責任を負って決断しないといけない。これがW杯出場が決まるかどうか、優勝が決まるかどうかという試合だったらとても怖いです。「この決断1つですべてが変わる」と思うと滅茶苦茶ビビります。考えに考えます。論理的に考えても答えは出ないのですが、必死に考えます。「相手がこうしたらこうだ。こうなったらこうだ」と考えても答えは出ません。  じゃあ「どうやって決断するか」といったら“勘”なんですよ。「相手のディフェンスは背が高いから、ここは背が高いフォワードの方がいいかな」とか理屈で決めていたらダメなんです。勘なんです、「こいつ(を使うん)だ」と。 ●素の自分になって決断できるかどうか 岡田 じゃあ全部勘が当たるかというと、そう当たりはしないですね。でも、当たる確率を高くする方法があるんです。それは何かというと、「決断をする時に、完全に素の自分になれるかどうか」ということです。「こんなことをやったら、あいつふてくされるかな」「こんなことやったら、また叩かれるかな」「こんなこと言ったらどうなるかな」、そんな余計なことを考えていたら大体勘は当たりません。本当に開き直って素の自分になって決断できるかどうか、これがポイントなんです。 稲盛和夫さんがよく言っている、人間として正しいかどうかを判断基準にするというのと通じている気がします。論理的に導き出された解答では、問題を打開しない可能性が高い。そんな気がします。 ●人間万事塞翁が馬  僕は「バーレーンに負けなかったら、どうなっていたんだろう」「ウルグアイに負けなかったら、どうなっていたんだろう」といろいろなことを今思います。そういうことが続いてくると、何か問題やピンチが起こった時に「これはひょっとしたら何かまたいいことが来るんじゃないか」と勝手に思うようになるんです。もうすぐ発表になりますが、今回もスケジュールで大変になることがまたあるんです。それは確かに大変かもしれない。でも、「ひょっとしたらこれでまた何か良いことが生まれるんじゃないか。強くなるんじゃないか」とだんだん考えるようになってくるんです。 万事塞翁が馬。究極はここを目指すことだと思います。楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しい。これは自然の人間の摂理だと思います。こういった心の浮き沈みを抑えることが結果として成果をもたらせる。そんな気がします。

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15.Dec, 2009

走る→余裕→走る

ここ最近、色々と忙しくて思考の整理や第二領域的な仕事がなかなかできていなかった。 その理由は色々あるが、夜にベトナム語を始めたことがここまで影響するとは思っていなかった。今週は1日すでに休んでしまっている。。。 以外に自分は忙しかったんだと実感してしまった。というのも、基本的にあまり忙しいといったフレーズは使わないようにしている。 前に激務の会社で働いていたので、みんなが当たり前にそういったことを言う環境だったのだが、あまり良くないと気付いたので、やめました。 その理由 1.忙しい忙しいといっている時ほど生産性が低く、自分の業務の見直しが出来ていないことが多い。 2.特に起業したりフリーランスで働いている人が忙しい忙しいというと、ちょっといやらしい。つまり、いやー儲かってますよ!もちろん貧乏暇なしって言う言葉もありますが、忙しい言い過ぎると帰っていやらしくなる。 3.忙しいことが目的になってしまう。忙しい状態であることが目的化してしまい、本当に大事なことを見失ってしまう。 4.本当に忙しい人はあまりいない。局所的に忙しいことはあっても、年がら年中本当に忙しい人はあまりいない。特に、普通のレベルで会社の経営している人や会社員レベルではまったく持ってありえない。ありえたとしても大体の場合が1に属することが多い。 上記の理由で、忙しいと自分から言うのを基本的にやめました。 とはいっても、局所的に忙しくなることは確かにあります。ここ1から2週間がそうでした。たいした仕事はまだ出来てませんが、色々なことが重なり、その名も心を亡くす状態がちらほら見え隠れしてきました。 特に、リーダー的なポジションに着くと、常に忙しい状態が続いてしまうと非常に危険ですね。当たり前のことや大事な事を見失いかねません。 ということで、走る→余裕を持つ→走るを繰り返すのがいいんじゃないかなと漠然と持ってます。

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10.Dec, 2009
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