カテゴリー : 何気なく

何気ない幸せと夢と志

最近、思うことが色々とあります。 色々と思う事は、徐々に書いていくとして、こうやってブログを書きながら、何かこうかなぁぁぁなんて思ってます。   あっ そうそう、一昨日日本から帰ってきました。 この2日間で既にもう、日本にいた事は遠い過去のような感じになってしまった。   いやはや、海外生活をしている身で、プライベートで日本に帰る事は、極上満足感たっぷりな感じなわけです。 やっぱり、便利や快適というのはたまに味わうからこそ、価値があるってなもんですね。普段からそれだと、何気ない幸せを見逃してしまうような感じですかね。   だからといって、夢や志が必要ないという話ではない。(いきなり話は展開するが、ここからが今日の本題)   夢や志に向っている上で、小さな幸せを感じれるって言う状態が理想のような気がする。 特に裸で生きる状態を選ぶと、常にこの「小さな幸せ」と「夢や志」を感じるために生きている気がする。 常に、自分と向き合い常に自分の足りなさともう一方の自信の部分が交互に襲ってくる。 でも、この感覚が生きているって感じだと思う。そもそも、人間なんて動物だし、原始時代や近代は今と比べて、常に「生」を感じながら生きていたと思う。こういう野生的な感覚を大事にしないと、何か大事なものを見失ってしまう気がする。   そのために必要な方法は、「裸で生きる」という事なのではないかと思う。背伸びするのではなく、リスクから守られているという錯覚にとらわれて生きるのではなく、裸で生きようとする意思を持つことが、、この何気ない幸せと夢と志を両立する方法の一つなんじゃないかと。   自分なりの解釈として裸で生きるという事は、「自分自身の内なる声に常に耳を傾け続け、そして実行していく。」ことだと思ってます。自分をごまかしたり、誰かに良く見られようとしたり、外部の流れ流されたりするのではなく、常に自分の内なる声に耳を傾け続ければ良いんじゃないか?そんな気がします。   実はこのうちなる声を聞き続けるって以外に大変なんですけどね。ほっとくと、人は思考停止してしまうんでね。いわゆるルーティンの繰り返しってやつです。それじゃ、何気ない幸せや夢や志は得られないし、野生的な感覚も鈍っていきますね。   何気なくつらつらと書きなぐってしまった。

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3.Feb, 2009

ぽつりと

今年になってから、めっきり更新の回数が減ってしまった。   ほおっておくと、すぐ怠慢になってしまう。   年始となり、再度今後の方針を考えていると、反省する点が多く、中々前に進まない。   嘆いていても始まらないので、一つ一つの問題点に対して解決プランを練り、PDCAをまわす以外に方法は無い。   ということで、検討案件を全て列挙し優先順位をつける。   さてさて、ホーチミンは最近めっきり涼しいですね。   バイクに乗るときなんて、上下のスーツだけじゃ寒いぐらいです。   もう直ぐ日本に帰るんで、ちょうど日本に帰る前のリハビリになってよいかも。(気温になれるための)

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14.Jan, 2009

トレードオフ?なのかな小室さん

今日、小室さんが逮捕されましたね。   朝起きて、NHKのニュースを見て、妻と一緒にびっくりしました。   何で、あんなに成功した人がこんなに没落するんだろう。。。   詳しくはしらないので、余計な事は書きませんが、妻が言った一言が妙に印象的でした。   「急激に昇った人は、後に刑事事件になることが多いね・・・理由は色々だけど・・・」   「人生ってトレードオフなのかな?」   確かに、急激に上り詰めた人で後に刑事事件に発展する人は多い気がする。   粉飾決算、詐欺事件、麻薬等等 少し話は変わりますが、よく商売をする人に対する格言として 商いはあき(がこ)ないようにするといわれます。 細くても長く続けることが良いという意味にも取れると思います。   急激に大きくし社会的な意味を持たせるベンチャー的なやり方はどうなんだろうか?   考えさせられますね。   ここのあたりの、価値観やビジョンや芯の部分をしっかりと形成させないといけないと小室さんの事件を見て考えが発展してしまいました。

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4.Nov, 2008

今したいことリスト

ライブに行きたい 日本の映画館で映画を見たい 温泉に入りたい プロサッカーを見に行きたい うまい焼酎を飲みたい 新幹線でビールとあなご弁当(前職のときに好物だった)を食べて寝たい   でも、こういう欲求ってためていっている過程が一番、幸せ度が高いんじゃないかと最近思う。   やってしまったら、あぁ良かったという感じで終わるし、なんとなく寂しい気持ちにもなる。   なんか、なんでもそうだけど、結果は大事だけど、実はそのプロセスこそが、物事の本質に見えてくる。   例えば、プロボクサーが世界チャンピオンを目指して努力しているとする。   世界チャンピオンになるという結果は大事で、だけど本当の価値は世界チャンピオンになったこととかよりも、なるにいたる過程や経験にこそ、人生の醍醐味や大切な物が存在してる気がする。   結果を追い求めなければならないが、実は結果を追い求めるがゆえに、本質をはずしてしまう。   こんなことを、ひたすら欲求不満になりながら思った金曜日の夜でした。

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26.Sep, 2008

自分振り返り中で、キャリア形成について考えてみました。

とある仕事の依頼で、講演をする予定。この講演が就職活動向けなもので、キャリア形成に関して考えてみました。 自分のことを振り返ると、人生とは本当にY字的なんだなぁぁと。一つ一つの決定によって積み重なってきて今の自分がある。だからといって、一つ一つの決定に臆病になる必要は無いが、”あの時もし”的な事は、あまり考えても意味が無い。 まぁつまるところ、今自分がが置かれた状況で最善を尽くすというところに行き着くわけですね。だけど、ただ単にがんばればいいものではないはずです。 いいきっかけだから、キャリアに関して考えてみると、 大事な点は二つあると思う。  1.計画  2.セレンディピティ 1.計画 これは、本当に大事です。よく人生は計画通りに行かないから面白いんじゃない。というせりふがあります。これは、2.セレンディピティの部分相当しますが、これは計画しているから、予期せぬ出来事が好転していくという前提が抜かれているのですね。 プロサッカー選手になるためにサッカーの練習をしなければ絶対にサッカー選手になれない。会計士になるために会計の勉強をしなければならないのも同じですね。これらと同様に、自分自身の人生も自分で決めて、何をするかを計画たてなければならないのです。 自分はこんなことをしていくんだぁという目標を持ち、そのための計画を進めないと流されてしまうんですね。というか、もし人間が強靭な精神力を持ち、怠け心を持たない動物だったら、計画なんて要らないのかもしれません。悲しいかな、人というのはわかりやすいステップを自分自身に作って上げ手その道を自然に上がって行くようにしないと、なにも得られないまま、流されて終わってしまうんですね。 ポイントは、人間は怠け者だから、計画があったほうが、成果が出やすいわけです。ただ、計画だけの人生やキャリアというのは、はっきり言って面白くありませんよね。 だって、この先がずーっと見えちゃってるというか、決まってしまった感があります。ここで大事な、考え方がセレンディピティです。 2.セレンディピティ 日本語に訳すと「思いがけないものを偶然に発見すること」です。1番とは逆説的にはなるんですが、計画だけたたって、限界があるんですね。なぜなら、計画は今自分が知りえている情報でのみしか、作れないからです。実は、もっと良い方法であったり、もっとすごいものだったり、もっと自分に向いているものが潜んでいる可能性が大いにあるわけですよ。計画を立てて一生懸命進んでいるほうが、逆にこのセレンディピティに遭遇する可能性が高いというわけですね。 そりゃそうですよね、ただなんとなく自分探しの旅に出るよりも、例えば「世界で一番美しい女性」を見つけるための旅という計画を立てたほうが、テーマに関する情報がどんどん入ってきますよね。もしかしたら、世界で一番女性は、スタイルの美しさではなく、生き方が美しい人だという開眼をし、生き方が美しいという事は、○○だという発見をするかもしれない。 ノーベル化学賞を受賞した白川さんの話などは、セレンディピティの例としては有名ですよね。でも、白川さんは自分の研究を計画的にやっていたからこそセレンディピティが起きたのだと思います。一見ぜんぜん関係の無いものにめぐり合えたのだと思います。計画があったからこそ、セレンディピティがあるんです。計画を立てないでなんとなく歩いている人に、セレンディピティは起き無いと思います。 人間の頭の中で描くだけのものよりも、偶然に見つけたり、気付いたりするものほうが面白いという要素はありますよね。ただ、計画と偶然性の人生(キャリア)とは間逆に見えて、実は表裏一体なんですね。 この2つのことを意識することが、キャリア形成にとって大事なのではないかという、私の今の結論です。

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22.Jul, 2008
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