カテゴリー : その他

子供の教育から事業を学ぶ~愛情と厳しさ~

厳しさと愛情 テト休暇に伴い1週間、日本に帰国しました。 実家である名古屋、そして日本拠点のメインである東京を1週間かけて回りました。 ベトナムでは普段あまり連れていくことのできない博物館を中心にいろいろと回ってあげて、いかに日本が教育的に優れた施設をもっているか改めて痛感すると共に良い国だなと思いました。 リニア・鉄道館 警察博物館 普段は1週間も子どもと一緒にいられないのですが、今回多くの時間を家族と使うことができて改めて気づきがありました。 ベテランの親御さんであれば当たり前のことかもしれませんが、子供に対する「厳しさ」についてです。特に、幼い子供の場合は、2歳ぐらいまではあまり物心がついておらず、指摘しても理解が難しいためどこまで言って聞かせるかのせんびきが引きづらいと感じてました。 現在、一番目が4歳半、二番目が2歳半、三番目が5ヶ月と親としてもそろそろしっかりとしないといけない時期にさしかかりこのせんびきがようやく腑に落ちてきたのです。 先日、子供が飲食店で騒ぎ収拾がつかなくなることがあったのですが、今までであればなだめながら食べてました。 「まぁまぁ、○○(子供の名前)と▲▲(子供の名前)離れてー!これとこれ早く食べなさいー、もう!」とか言いながらですね。 しかし先日はじめてその場で「食べない。」という結論を出してみました。そのお店には申し訳ないのですが、一旦出させてもらい外に出ました。 そこで、再度厳しく兄弟げんかして収拾つかないのであればご飯食べないが、あなたはどうしたいのか?と子供に問いかけました。 泣きながらではあるものの、食べたいという意思表示をし、騒いでごめんなさいという意向を聞き取りました。結果的には、食べなかったわけではなく昼食をとったのですが、親として騒いだ子供に対してなだめるのではなく、勝手なことした場合はそれだけ自分にも返ってくるという「厳しさ」を示せたと思います。 同様にして、iPhoneやiPadでアンパンマンなどの動画も無限に見続けようとします。取り上げると泣きじゃくり、憤慨します。 こんな時も、これまでであれば子供だから仕方ががないかなと注意しながらもあやして収めてたのですが、これも間違いであると気づきました。 2歳であれ4歳であれ言葉が通じるのであれば、ダメなものはダメだとはっきりと言い切ることに変更しました。 夕食を食べるタイミングで動画を見続けようとする息子にはっきりとダメだと伝えたうえで泣きじゃくり始め憤慨したことに関して、自分も叱る態度を示しました。 それでも見ようとするので、一旦別の部屋で反省させました。反省するまで出てこなくて良い。夕食も食べなくて良いと伝えたのです。 毅然とした態度でダメな点を指摘する。15分ぐらいするとだいぶ収まり、妻から促され自分に謝罪し反省した表情で、夕食につきました。 このことで、勝手な態度も一瞬ですが収まり、夕食を食べました。 また懲りずに夕食を食べたあとにiPad見たいとせがまれましたがw今日はダメだと伝え一緒におもちゃで遊んだのです。 このことから多くのことを改めて学びました。 子供にしろ、共に働いているメンバーにしろそして自分自身にしろ、その人や物事に対して愛情があれば厳しい態度も通じるし、愛情があればこそ厳しくなければならないということです。 自分自身に甘えがある場合は、このぐらいでいいやとか納期を延ばしてもいいやという気分になります。 共にビジョンや事業の目標をシェアしてる仲間に対しても、自分はどちらかと言うとその事業がうまく行かなかったり目標が達成していない時に、メンバーの責任だけに出来なかった自分がいました。 外部環境なり会社内の調整でうまく行かなかったからある程度仕方がないので、その部分を次回は改善して臨もうという感じで、指摘しながらもどこかその部門長の責任の一旦を自分が被ってあげていた要素があったのです。 しかし、これではその部門長や会社の成長を考えた時に非常に害であると感じました。 外部環境なり会社の部門間の調整なり、資金なり人材なりが足りていないから未達で終わったのであれば、なぜその部分まで含めてカバーできなかったのかを部門長は問われずべきです。 難しい部分も含めてアラームを鳴らしたり、上長である自分に必要性をとく努力はしたのかも含めてその部門長に責任があるはずです。 そのメンバーに対して愛情があり、この事業に対して愛情があるのであれば、そこに厳しさをもって接しなければその人の成長や事業の成功もないはずです。 こういったある種のゆるさは事業として命取りになるということを昨今痛感してました。 特に我々のようなベンチャーは大手と違い替えとなる人材もいないため、その人の頑張りに頼らざる側面があります。そして、自分も全ての事の責任を自分に帰してしまうところがあり、メンバーに対して強く問題点を指摘できなかった弱さがありました。 年末から年始にかけてこの点を反省し、モードを先月より切り替えてより事業成長に邁進する組織にするべく動いていた最中、自身の家庭における教育に関しても同じなんだなと感じたのです。 教育上子供に対しても、自分自身に対しても、そして会社全体に対してもなぁなぁで甘えのある人間になる要素というのは至る所に存在してます。 上記のことを言い切るためにも自分自身に厳しく、常に高い目標に対してトライし改善していく強い人間に自分自身からならなければならない!ということを旧正月明けの新年の年頭所感とします。

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15.Feb, 2016

子供の事故からの学び ~ベトナム、ホーチミンでの外資系病院~

今日は経営とは直接関係のない、子どもを育てる中で気づいた話です。 昨日の日曜日、長男が大きな怪我を負いました。 怪我の箇所が、額だったこととその見た目があまりにも重症に見えたためかなり狼狽しました。日曜日だったことも有り長男と長女の二人とプールで遊んだ後、プールサイドのサンデッキで夫婦で会話をしてました。落ち着きのないうちの二人の息子はいつもの如く、周りをゴソゴソとしてました。サンデッキ自体は、高さが1mにも満たないようなものだったので特に危ないと思っていなかったのです。又は、プールの中は水なので、水回りの時は気を使っていたので、陸の部分が意識が薄れていたのかもしれません。サンデッキの周りにいてくれている最中は、危なくないと思っていたので、特に気に留めるわけでもなく会話を続けていたのですが、すぐ後ろで鈍い音とともに、長男が鳴き始めたのですぐ駆け寄りました。 「また転んだな」ぐらいに思って駆けつけたところ、出血しているようなので、大丈夫かなと見てみると、愕然としました。 怪我の箇所が切れているだけではなく明らかに陥没していたのです。 人生で一番狼狽した瞬間でした。 これまでに見たことのないような怪我の症状でした。 頭が割れてるんじゃないかと思ってしまい、その瞬間頭が真っ白になりかけました。 ただ、前頭部を打ったので、後頭部ではないこと、それに泣いていること、意識がはっきりしていること、そして何より私の問いかけに返答しているため、自分も気を取り直し近くのかかりつけの外資系クリニックに駆けつけました。 病院で、一旦脳への影響がなさそうだと言われ、一安心はしたところ、あいにく日曜日のため専門医もいません。 休日の担当医らしき普段見たことのないフランス人のお医者さんと話をしながらも緊急の問題ではなさそうな見解を示されました。 しかし、傷の損傷が激しいため、自分が縫うと良くないので専門の先生が用意ができ次第、手術にかかるということになり一旦、帰宅しました。 数時間後再度病院を訪れた時にはすでに夕方を過ぎてました。 外科医と小児科医と麻酔医の方が来て下さり、総勢6名ぐらいいらっしゃったかと思います。 手術が始まったのが午後7時30分過ぎ。オペレーションが終わったのが8時15分頃でした。 まだ4歳に満たない子供のため、1時間近い手術に我慢ができなかっことから全身麻酔をしました。 11時頃になってもまだ、全身麻酔の影響からふらふらしていたため、その後様子を見ていたら結局朝の6時まで病院にいることになりました。 昨日のことで、いろんなことを学びました。 1.人生とは改めてリスクに起こされているということ。ちょっとした事でも命にかかわることが起きるということ。特に子供の場合は、大人よりも死のリスクが高いです。本当に気をつけなければならない。何が起きるかわからないということを改めて肝に銘じなければならないと思いました。 2.マイナス(減点法)で人生を捉えないこと今回のことで長男の額には大きな傷跡が残ることになると思います。薄くはなるかもしれませんがどうなるかわわかりません。ただ、ついてしまった(あるいは親として子供に傷をつけてしまった)事を悔いても何も始まらない。人生とは様々なリスクや傷を負いながら生きていく。生きていることだけでプラスなんだと。起きてしまったことがマイナスなのではなく、プラスの中に様々な問題や取り返しの付かないことが起きていく。その問題や起きてしまったことに対して悔やむのではなく、そのことをバネにして次に行くしか無い。もっと大きな問題が起きてしまった時も同様のことを考えるように心がけようと思います。 3.周りの人への感謝そして最後に、プールサイドで起きてしまった時にインド系のお母さんが二人で一気に駆け寄ってくれて、まず支えてくれました。大丈夫大丈夫だと行って、子供を抱きかかえてくれました。瞬時に人を助けることが出来る人を心から尊敬しました。そして、同じマンションに住む日本人の友人がたまたま病院に行く時のタクシーを譲ってくれて、その後も心配して下さり、下の子(長女)の面倒が必要であれば言ってくださいねと声をかけてくださりました。そして、日曜日にもかかわらず真摯に対応してくれたファミリーメディカルプラクティスの先生や医療スタッフの方々に感謝します。手術の時間が整わずに一度家に戻らざる負えなかったり、対応が一瞬後手になったのですが、医療の現場というのは常に人の命が関係してくる場所。でも働いている人たちは、同じ人間。特にああいった瞬間は患者や患者の親族がナーバスになりがちだし、特に新興国であるベトナムの医療は常に不安がつきまとっています。そんな中でも迅速に対応していただき、緊急で集まり手術していただいた先生方に感謝致します。

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15.Jun, 2015
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