カテゴリー : その他

第10期の終了

本日をもちましてICONICの第10期(2017年度)が終了します。 お客様・ICONICのメンバー・友人・関係各位の皆様のおかげで10年事業を継続してこられました。 そして、ベンチャー企業と自称しているので当たり前かもしれませんが10年連続で増収を継続できました。 2007年ホーチミンに単身でわたり、2008年に始まったICONICも現在では、ベトナム、インドネシア、日本、マレーシア、シンガポールと5カ国に広がり130名近くのメンバーに支えられる規模まで成長することができました。 中核事業としては、人材紹介事業の一本足打法からiconicJobの自社メディア運営、そして組織人事コンサルの3部門体制となっております。 この10年間を振り返ると、嬉しいこと・出来ていないこと・悔しいことたくさんありますが、あえて振り返ると特にあまり詳細に思い出せない事に気づきます。 つまり良いことも悪いことも過去は過去で、その時辛いこともあとから振り返れば大したことではなく、むしろ災い転じて福となすことも多く、人間万事塞翁が馬であることを知ります。 未来に目を向けると、過去数年で組織体制や仕組みづくりが着々と進んできたため、これまで以上の成長を今後数年は続けていけるのではないかと実感しております。むしろ本格的な成長期に入ると信じることが出来てます。 2018年現在、様々な新しい技術(ブロックチェーン、AI、VR等)や外部環境の変化(働き方改革、労働法、移民政策等)があり先を読むことは難しいです。 周りに振り回されすぎず、自分たちが培ってきた強み、我々のミッションを踏み外さずに取り組み続ければ、今後の10年でより一層の成長が実現できると確信しています。 世界は広くまだまだ何者でもない存在である我々はこれからの出会い・進化が楽しみでなりません。 引き続き全部門・全拠点で採用活動を継続してますのでグローバル×HRに興味を少しでも持たれましたらご連絡くださいm(_ _)m 今後共ICONICを何卒よろしくお願いします。 English Version ICONIC’s 10th term (2017) will end today. Thanks to our customers, members of ICONIC, friends, and everyone of our relationship, we have been able to continue our business for 10 years. And because it self-named as a venture company, it may be natural, but we could continue to increase revenue for 10 consecutive years. (It is not incremental income and profit for 10 consecutive years w) ICONIC, which began by myself in Ho Chi Minh in 2007, has now grown to a scale that…

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30.Mar, 2018

知性(理性)と感性(野性)

最近、考えているテーマに関して書き記してみる。 知性(理性)と感性(野性)に関してで、特に結論はない。 人は知性(理性)と感性(野性)の間を行き来しながら生きている。 僕たち人間は動物であり有機体の上にのっかり、他の動物には持っていないと思われている頭脳を持つことで知性(理性)を持っている。 生物学上ホモ・サピエンスという種に属している。 しかしホモ・サピエンスというこの動物は、知性(理性)では説明がつかないことをする。 矛盾に満ちた僕たちは、ときに知性(理性)で論理的に説明を試みるも、つじつまが合わないことがたくさんある。平和を愛しているのにときに喧嘩や戦争したり、家族が大事なのに不倫したり、体にわるいとわかっててもタバコや酒を飲む。でも感性(野性)に目を向けるとこういった矛盾は全部説明がついてしまう。 喧嘩(戦争)するのは競争性であり、勝ち抜くことで遺伝子を残そうとすること、 不倫するのは、ホモ・サピエンスは一夫一妻性ではないため、(※注記) タバコや酒を飲むのは、あえて体にわるいことをしても元気なことをみせることで、自分が健康体で強いところを示す行動原理であったりする。(ヤンキーがチキンレースをして度胸試しをする的な) 現代は、動物の中で唯一持っているとされる知性(理性)を、人間は自らが作り出したテクノロジーによって侵害・侵食されつつある。日々テクノロジーの進化は進み、これまで矛盾やジレンマを受け入れるしかなかったことさえも、白日のもとに晒され正論や論理的に正しいとされるものだけをとって評価される社会になってきている。正論に見えることの存在感が増している。 SNSやシェアリングエコノミーはいい人を演じ続けなければならない同調圧力を増すし、AIやロボティクスの進化により人間が特有で持っていたはずの知性さえも代用が容易になり、その存在意義が危ぶまれつつある。知性又は論理性だけを唯一の能力判定の基準にするなら人はもうAIには勝てない。 人がより進歩・進化するためにも、知性(理性)と感性(野性)の両方の特性をより効果的に使うことが改めて重要である。 ホモ・サピエンスは攻撃性を持っている。それが故に戦争は起きる。攻撃性は競争的であることにかなり近似するし、競争的であることは人類の進化に非常に貢献してきた。論理的に正しいことや一見正論に思えることが実は社会全体には非常に悪影響を与えているのではないかと思う。 合成の誤謬がどんどん拡大してるのではないか。  例 環境問題、貯金や内部留保、少子化問題 また違う現象から見るとノイジーマイノリティーの存在  例 一見すると正しそうなクレームも、点を重要視するが故にサービス全体を停止しなくてはならなくなる等 個別の合理行動が社会全体で見た場合に合理的でないことが多発生する。 特に最近は感性(野性)が大事だと言いながら知性(理性)で説明できないものを単純化して排除しているように感じる。知性(理性)でない、又は説明できないものは悪として単純に排除される。もともとの本質的な大事な部分を失っても、点で重要だとみえるポイントを優先している。 当然 ではあるが野性のみを、正当化するつもりはない。野性(感性)のみでは人類も社会も進歩しない。しかし野性(感性)をなくしては全体からみたときに最適解にはならない。我々は生物であり動物である点を忘れてはならない。 AIやロボティクスの進化の先に、知性(理性)と感性(野性)の融合をうまくした人こそが適者生存するのではないか。 知性(理性)でのみ判断し行動に移さないタイプ(他者批判のみ)の人は適者生存から外れる。 どんどん社会は進化し、人であることの特権である知性(理性)を活かすためにも、もっと人間の感性(野性)の部分に注目したほうがいいのではないか。知性(理性)の存在感が低下しているとは言わないが、論理的に正しいと思えることだけが正しいわけではない。 知性(理性)と感性(野性)の均衡ポイントにこそ僕たちの未来がある。 そんな気がする。 ※注記 銃・病原菌・鉄で有名なジャレド・ダイアモンドによりホモ・サピエンスの生存戦略はゆるやかなハーレム型一夫一妻形式をとると説いた。つまりホモ・サピエンスの感性(野性)はつがいのみを形成するわけではない。

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12.Sep, 2017

子供の教育から事業を学ぶ~愛情と厳しさ~

厳しさと愛情 テト休暇に伴い1週間、日本に帰国しました。 実家である名古屋、そして日本拠点のメインである東京を1週間かけて回りました。 ベトナムでは普段あまり連れていくことのできない博物館を中心にいろいろと回ってあげて、いかに日本が教育的に優れた施設をもっているか改めて痛感すると共に良い国だなと思いました。 リニア・鉄道館 警察博物館 普段は1週間も子どもと一緒にいられないのですが、今回多くの時間を家族と使うことができて改めて気づきがありました。 ベテランの親御さんであれば当たり前のことかもしれませんが、子供に対する「厳しさ」についてです。特に、幼い子供の場合は、2歳ぐらいまではあまり物心がついておらず、指摘しても理解が難しいためどこまで言って聞かせるかのせんびきが引きづらいと感じてました。 現在、一番目が4歳半、二番目が2歳半、三番目が5ヶ月と親としてもそろそろしっかりとしないといけない時期にさしかかりこのせんびきがようやく腑に落ちてきたのです。 先日、子供が飲食店で騒ぎ収拾がつかなくなることがあったのですが、今までであればなだめながら食べてました。 「まぁまぁ、○○(子供の名前)と▲▲(子供の名前)離れてー!これとこれ早く食べなさいー、もう!」とか言いながらですね。 しかし先日はじめてその場で「食べない。」という結論を出してみました。そのお店には申し訳ないのですが、一旦出させてもらい外に出ました。 そこで、再度厳しく兄弟げんかして収拾つかないのであればご飯食べないが、あなたはどうしたいのか?と子供に問いかけました。 泣きながらではあるものの、食べたいという意思表示をし、騒いでごめんなさいという意向を聞き取りました。結果的には、食べなかったわけではなく昼食をとったのですが、親として騒いだ子供に対してなだめるのではなく、勝手なことした場合はそれだけ自分にも返ってくるという「厳しさ」を示せたと思います。 同様にして、iPhoneやiPadでアンパンマンなどの動画も無限に見続けようとします。取り上げると泣きじゃくり、憤慨します。 こんな時も、これまでであれば子供だから仕方ががないかなと注意しながらもあやして収めてたのですが、これも間違いであると気づきました。 2歳であれ4歳であれ言葉が通じるのであれば、ダメなものはダメだとはっきりと言い切ることに変更しました。 夕食を食べるタイミングで動画を見続けようとする息子にはっきりとダメだと伝えたうえで泣きじゃくり始め憤慨したことに関して、自分も叱る態度を示しました。 それでも見ようとするので、一旦別の部屋で反省させました。反省するまで出てこなくて良い。夕食も食べなくて良いと伝えたのです。 毅然とした態度でダメな点を指摘する。15分ぐらいするとだいぶ収まり、妻から促され自分に謝罪し反省した表情で、夕食につきました。 このことで、勝手な態度も一瞬ですが収まり、夕食を食べました。 また懲りずに夕食を食べたあとにiPad見たいとせがまれましたがw今日はダメだと伝え一緒におもちゃで遊んだのです。 このことから多くのことを改めて学びました。 子供にしろ、共に働いているメンバーにしろそして自分自身にしろ、その人や物事に対して愛情があれば厳しい態度も通じるし、愛情があればこそ厳しくなければならないということです。 自分自身に甘えがある場合は、このぐらいでいいやとか納期を延ばしてもいいやという気分になります。 共にビジョンや事業の目標をシェアしてる仲間に対しても、自分はどちらかと言うとその事業がうまく行かなかったり目標が達成していない時に、メンバーの責任だけに出来なかった自分がいました。 外部環境なり会社内の調整でうまく行かなかったからある程度仕方がないので、その部分を次回は改善して臨もうという感じで、指摘しながらもどこかその部門長の責任の一旦を自分が被ってあげていた要素があったのです。 しかし、これではその部門長や会社の成長を考えた時に非常に害であると感じました。 外部環境なり会社の部門間の調整なり、資金なり人材なりが足りていないから未達で終わったのであれば、なぜその部分まで含めてカバーできなかったのかを部門長は問われずべきです。 難しい部分も含めてアラームを鳴らしたり、上長である自分に必要性をとく努力はしたのかも含めてその部門長に責任があるはずです。 そのメンバーに対して愛情があり、この事業に対して愛情があるのであれば、そこに厳しさをもって接しなければその人の成長や事業の成功もないはずです。 こういったある種のゆるさは事業として命取りになるということを昨今痛感してました。 特に我々のようなベンチャーは大手と違い替えとなる人材もいないため、その人の頑張りに頼らざる側面があります。そして、自分も全ての事の責任を自分に帰してしまうところがあり、メンバーに対して強く問題点を指摘できなかった弱さがありました。 年末から年始にかけてこの点を反省し、モードを先月より切り替えてより事業成長に邁進する組織にするべく動いていた最中、自身の家庭における教育に関しても同じなんだなと感じたのです。 教育上子供に対しても、自分自身に対しても、そして会社全体に対してもなぁなぁで甘えのある人間になる要素というのは至る所に存在してます。 上記のことを言い切るためにも自分自身に厳しく、常に高い目標に対してトライし改善していく強い人間に自分自身からならなければならない!ということを旧正月明けの新年の年頭所感とします。

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15.Feb, 2016

子供の事故からの学び ~ベトナム、ホーチミンでの外資系病院~

今日は経営とは直接関係のない、子どもを育てる中で気づいた話です。 昨日の日曜日、長男が大きな怪我を負いました。 怪我の箇所が、額だったこととその見た目があまりにも重症に見えたためかなり狼狽しました。日曜日だったことも有り長男と長女の二人とプールで遊んだ後、プールサイドのサンデッキで夫婦で会話をしてました。落ち着きのないうちの二人の息子はいつもの如く、周りをゴソゴソとしてました。サンデッキ自体は、高さが1mにも満たないようなものだったので特に危ないと思っていなかったのです。又は、プールの中は水なので、水回りの時は気を使っていたので、陸の部分が意識が薄れていたのかもしれません。サンデッキの周りにいてくれている最中は、危なくないと思っていたので、特に気に留めるわけでもなく会話を続けていたのですが、すぐ後ろで鈍い音とともに、長男が鳴き始めたのですぐ駆け寄りました。 「また転んだな」ぐらいに思って駆けつけたところ、出血しているようなので、大丈夫かなと見てみると、愕然としました。 怪我の箇所が切れているだけではなく明らかに陥没していたのです。 人生で一番狼狽した瞬間でした。 これまでに見たことのないような怪我の症状でした。 頭が割れてるんじゃないかと思ってしまい、その瞬間頭が真っ白になりかけました。 ただ、前頭部を打ったので、後頭部ではないこと、それに泣いていること、意識がはっきりしていること、そして何より私の問いかけに返答しているため、自分も気を取り直し近くのかかりつけの外資系クリニックに駆けつけました。 病院で、一旦脳への影響がなさそうだと言われ、一安心はしたところ、あいにく日曜日のため専門医もいません。 休日の担当医らしき普段見たことのないフランス人のお医者さんと話をしながらも緊急の問題ではなさそうな見解を示されました。 しかし、傷の損傷が激しいため、自分が縫うと良くないので専門の先生が用意ができ次第、手術にかかるということになり一旦、帰宅しました。 数時間後再度病院を訪れた時にはすでに夕方を過ぎてました。 外科医と小児科医と麻酔医の方が来て下さり、総勢6名ぐらいいらっしゃったかと思います。 手術が始まったのが午後7時30分過ぎ。オペレーションが終わったのが8時15分頃でした。 まだ4歳に満たない子供のため、1時間近い手術に我慢ができなかっことから全身麻酔をしました。 11時頃になってもまだ、全身麻酔の影響からふらふらしていたため、その後様子を見ていたら結局朝の6時まで病院にいることになりました。 昨日のことで、いろんなことを学びました。 1.人生とは改めてリスクに起こされているということ。ちょっとした事でも命にかかわることが起きるということ。特に子供の場合は、大人よりも死のリスクが高いです。本当に気をつけなければならない。何が起きるかわからないということを改めて肝に銘じなければならないと思いました。 2.マイナス(減点法)で人生を捉えないこと今回のことで長男の額には大きな傷跡が残ることになると思います。薄くはなるかもしれませんがどうなるかわわかりません。ただ、ついてしまった(あるいは親として子供に傷をつけてしまった)事を悔いても何も始まらない。人生とは様々なリスクや傷を負いながら生きていく。生きていることだけでプラスなんだと。起きてしまったことがマイナスなのではなく、プラスの中に様々な問題や取り返しの付かないことが起きていく。その問題や起きてしまったことに対して悔やむのではなく、そのことをバネにして次に行くしか無い。もっと大きな問題が起きてしまった時も同様のことを考えるように心がけようと思います。 3.周りの人への感謝そして最後に、プールサイドで起きてしまった時にインド系のお母さんが二人で一気に駆け寄ってくれて、まず支えてくれました。大丈夫大丈夫だと行って、子供を抱きかかえてくれました。瞬時に人を助けることが出来る人を心から尊敬しました。そして、同じマンションに住む日本人の友人がたまたま病院に行く時のタクシーを譲ってくれて、その後も心配して下さり、下の子(長女)の面倒が必要であれば言ってくださいねと声をかけてくださりました。そして、日曜日にもかかわらず真摯に対応してくれたファミリーメディカルプラクティスの先生や医療スタッフの方々に感謝します。手術の時間が整わずに一度家に戻らざる負えなかったり、対応が一瞬後手になったのですが、医療の現場というのは常に人の命が関係してくる場所。でも働いている人たちは、同じ人間。特にああいった瞬間は患者や患者の親族がナーバスになりがちだし、特に新興国であるベトナムの医療は常に不安がつきまとっています。そんな中でも迅速に対応していただき、緊急で集まり手術していただいた先生方に感謝致します。

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15.Jun, 2015
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