ルワンダ人エンジニアとランチ

妻がアフリカ好きということで時々アフリカ人に触れ合う機会があります。といっても、最近はめっきり無いのだが。我々のスローガンはGo WEST人生をかけて日本を西回りで世界に広めようと思ってます。常にアフリカの情勢には耳を傾けてはいるのですが、知らないことが多いのも事実。なんせ僕なんてアフリカ大陸には2回しか行ったことがない。そのうち1回はエジプトだから、まぁいわゆるブラックアフリカではない。今日ランチをしたのは、ルワンダ人エンジニア頭が良くナイスガイなアフリカン奥さんがベトナム人で中国で知り合ったから家族との会話が中国語という異色の家族構成彼は今とあるベトナムのファンドに都市計画エンジニアとして働いている。フランス語も英語も中国語もちろんルワンダ語もほぼネイティブレベルというマルチリンガルな彼。びっくりしたのが子どもの教育費台湾人学校に子どもを通わせているそうなのだが、年間で学費が11000USD位かかるそう・・・めちゃたかいやん。しかも子供3人いるから大変そうしかも、一番上の子が11歳で来年で卒業となるから、そろそろ中国に戻ろうかなといってた。世界中でもどこでもたくましく生き抜くさまをみると、いかにセーフティーネットばかり追求する安定志向が馬鹿馬鹿しいかを感じさせてくれました。ルワンダは最近、オフィシャル言語をフランス語から英語にドラスティックに切り替えました。そうまでして世界から投資を求めている。子どもの教育もこれまで以下のような流れで共通言語が変わってたらしい。 幼稚園:ルワンダ語 小学校:フランス語 中高校:英語それを、最近最初から英語に切り替えたらしい。(というか、教育課程で言語が代わるってソッチの方が驚いたけど)世界とつながるための政策を政府はうっているようだ。アフリカは今でも政府が腐敗しているのは事実らしいが、ルワンダのように新しい試みをしている小国も出てきている。内陸国で貧しかった国は再度チャレンジし始めている。日本は途上国といかにつながるかで次の100年が決まってくるのだろうと思う。いやー、アフリカ(のルワンダ)に行きたくなってきたな。

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25.Apr, 2011

新オフィスへ移転

昨日、ICONICホーチミンオフィスの引越しが完了しました。予定より1週間遅れとなってしまいましたが基本的に無事完了しました。新オフィス住所: 4F Avenis Bldg, 145 Dien Bien Phu, Dist 1, Ho Chi MinhTel: +84 8 3821 5122 (電話番号は変更なし)エントランスはガラス張りにしました。ちょっとだけこだわった部分全体的に真っ白のイメージにしあげました。ミーティングルームは大小3つ。これでインタビューもしやすくなるね!今回の引越しで便利なことをいろいろしようとすると派生的にお金が掛かってくるということと。また、オフィスの引越し一つだけでも結構大変なんだなーと。肉体的にも結構疲れるものだと日頃の運動不足を感じさせられるきかいにもなった。以前オフィスの倍以上に拡大し、ちゃんと内装もしたした。これはある種の投資なわけであって今まで以上にに発展しなければ、それは投資失敗ということ。より一層がんばっていくと気を引き締め頑張ります。

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17.Apr, 2011

ハノイにてマネジメントを考える。

現在ハノイに来ております。2ヶ月に一度のペースでハノイ支店で仕事をするわけです。場所を変えて違う人と仕事をするだけで色々と気づくこともありますね。まだまだ全部で15人に満たない会社ですが、分かっていないこともたくさんあることに気づきました。人が増えてくるにあたり、当たり前のように気づいてことも気づかなくなる。当たり前に出来ていたサービスが出来なくなる。上記のことをいかに防ぐのかマネジメントなんだと改めて痛感。マネジメントは奥が深いですね。マネジメントをするためには、出来る限り可視化しなければならない。可視化するためには出来る限り数値化しなければならない。その一方で、数値化し過ぎると人間味がなくなり仕事が面白くなくなる。こういったバランスを保ちながら、いかにチャレンジングで面白い仕事を提供し続けられるかが経営者の求められるところだと思う。その一方でチャレンジ過ぎると今度は、会社が傾きやすくなる。とはいえ、まだまだ弊社はチャレンジャーなので、基本的には攻めますがね。数値化をはっきりし、どの項目をチェックするのかの項目ぎめが重要だと改めて認識。新卒で入った会社で「管理指標はノウハウだ」とよく言われてましたが、改めてそうだと感じます。

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14.Apr, 2011

社会人8年目

社会に出てから8年目を迎えました。自分が社会に出たのは2004年就職活動をしていたのが2003年今年ほどではないとは思いますが、当時も超就職氷河期と言われていた時代で、当時としては最低の就職率だったそうです。2004年当時の事を思い出すと、今でもたくさんのことを思い出します。兎に角、右も左も分からないけどなんか必死に業務に取り組んだ。ものすごく非効率なことや理不尽だなぁと思うことがたくさんあったけど、そんな思いを抱えながらも前に突き進んだ。そしてたまにへこたれてた。そういう時は、気分転換という名で、サボったりもしてた。(会社休んだことは無かったと思うけど。合間にね。)あの頃の自分と今の自分を比較すると、もちろん違う点はたくさんあるが、基本的な気持ちの部分は変わってない気がする。その気持というのは、「やってやりたい!」「この世の中に自分が生きたひっかき傷を残したい。」違いは、あの頃はまだそれがなにかわかってなかった。今は、それがなにか分かっている。自分は、「日本」を「新興国」に広め、共に発展することに貢献する。ICONICのテーマはGo WEST今期も張り切って行くぞ。

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2.Apr, 2011

第3期終了

アイコニックは日本の企業みたく、3月末締めを採用してます。ということで、2010年-2011年度第3期が本日終了しました。(日本時間ではもう日が変わってるかも)まだ最終確定ではないけど、年度初めに立てた目標に少し足りない結果となりましたが、おおよそ目標は達成できる見込み。第4期となる2011年-2012年は、当然ですが昨期より更なる高い目標を立ててるため一日一日が相変わらず勝負です。第3期は、ハノイ支店の立ち上げ等でマーケット自体の拡張の準備もやってきた。今期それを飛躍させなければならない。色々な事が合ったようで一瞬の一年。弊社のようにベトナムでビジネスを行っている日系企業にも影響がある3月11日の東北関東大震災はその中でも一番大きなことではないだろうか。この震災が起きたとき私は、東北出身の日系企業さんに営業に来ていたので、かなり印象的でした。電話越しに「大地震が起きた」と叫んでおられました。それに今だ収まらない原発問題。最近ベトナム政府に受注を取った原発は一体どうなるのだろうか。友人がベトナム向けの原発プロジェクトに関わるために、日本に帰国した。その彼には、ことが大きすぎてどうなったかさえ聞けてない。この震災の支援のためにも、寄付や何らかの支援を自分としてできる事はしなくてならない。今はそんな状況ではないだろうが、今回のことをきっかけに何か新しいものを作り出さなければならない。そうでなければ失ったものが報われない気がする。ただ、今は普段通り営業できる人間は普段通り精一杯自分のやるべきことをする。この一年は常に、この震災のことを頭の中に入れながら自分ができることを考えなければならない。また、新しい社員も入り会社はどんどん変わっているところ。これまでの俗人的なマネジメントから少しずつ組織力を活かしていく。営業力UP・サービス力UP・マーケティング力UP・人材育成・システム構築・業務管理・新事業・新マーケットやらなければならないことばかり。今年の年初(2011年正月)に立てた「新しい」一年にすべく、第4期もまい進していくぞ!!!日本の発展とベトナムを初めとする途上国の発展を結びつけるべく活動する。そして、GO WESTし、日本を世界に広める。

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1.Apr, 2011
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