これからのグローバル化を考えてみる。(前篇 ~19世紀まで)

これからのグローバル化を考えてみたいと思います。 僕らは「ワクワクするグローバル化社会を創る」ということをミッションに事業を運営してます。 人や企業が社会活動や生活をする中でますます他国とのつながりが強まる社会で僕らは生きています。 よく、グローバル社会っていうのは最近になって始まったと誤解されている方が多いのですが、歴史を振り返ると人類はグローバル化とともにその歴史を歩んできたとも言えるのではないかと思ってます。 ざっくりと地球の歴史をグローバル化その中で個人の移動(移住)がどうであったかという想像の視点で見て行きたいと思います。 まずは、これからのグローバル化を感がていく上で、過去の人類がどのようにグローバル化してきたのかを紐解いてみたいと思います。あまりにも地球の歴史が長いため、かなり簡略的に記載してしまうし、自分は歴史学者ではないので勝手な解釈である点はある程度許容していただき、もし認識間違いがあれば是非御連絡ください。というのを言い訳にしておいて、本題に始めたいと思います。   農業革命以前(20万年前~1万年前) 東アフリカで生まれた我々ホモ・サピエンスは、農業を覚える前までは狩猟生活民でした。 狩猟採集生活とは、生きていくための食料を自分から生み出さないため、自然に生まれる動物や植物を獲得することで生活してきました。問題点としては非常に一人あたりが生きるために必要な面積が大きいことであります。簡単に言うと、周りにあるものを取って食べてるとなくなるんですね。 捕って食べて、採って食べてを繰り返すと周りに食べ物がなくなるため、どんどん移動しました。 そんな事を繰り返していると、東アフリカからスタートしたホモ・サピエンスは1万年前ぐらいまでには地球全体、正確に言うと最後の場所は南アメリカの先まで行き渡ってました。 どうやって渡ったかのか謎に包まれているそうですが、太平洋の島々にも筏作ったりして渡っていたみたいです。いずれにせよ、冒険家ホモ・サピエンスの側面ですね。 この頃の個人っていうのはどうったんでしょうか?多分意思がある無いにかかわらず、みんなで集団の意志によって行動していたのではないでしょうかね。 もしくは動物を追っていくうちに世界中に移動していったのかもしれません。   農業革命以降(1万年前~紀元前後) 農業を覚えた人類は、定住ということを覚えます。 定住をすることで効率的な農業を覚えました。 定住するとその場所に対して既得権益が発生します。 一番最初に農業が発展したエリアは御存知の通りメソポタミア地域、肥沃な三日月地帯と言われる場所ですね。今は砂漠のイメージが有るエリアも当時は、寒冷化の影響で非常に土地が豊かだったそうです。 それまで所有という概念がなかった狩猟採集民は、農業を覚えたことで、所有の概念を覚え始めました。 所有の概念が生まれていくと、人というのは恐ろしい物で人のものが欲しくなりますね。 権力闘争が各地でガンガンに起き始めました。 最初は、家族や親戚を中心とした集団が、より多くの家族が集まることで村になります。 村になると隣の村を食料を奪ったり、ちょっとしたいざこざがあったりで隣の村を攻めこんだりするわけですね。 それが街になり、民族のようになっていった。 したがってこの頃の人の移動というのは、集団あるいはその集団の長が決定して、他者の領地や食料を分捕るための移動だったと思います。   アメリカ大陸発見以降(14~19世紀前半) 少し時代はとびます。 ここからいわゆるグローバルっぽい感じになってきている感じがしますね。 イギリス、スペイン、ポルトガル、オランダと言った国々がアメリカ大陸やオーストラリア大陸の先住民たちをバシバシ殺戮して人の土地に住み着く時代ですね。 力のある西欧諸国の軍人なり民間人が、ぶんどる時代です。 あのコロンブスが1492年にアメリカ大陸を発見したことはあまりにも有名ですよね。誰が本当にアメリカ大陸を発見したことは一旦議論としておいておいて、このあたりからガンガンに西ヨーロッパの人々が世界を植民地化し始めます。 いわゆる人の領土をぶんどって、このエリアは俺のもんね!お前のエリアはあっちね!ってよそ者同士が未開の地を争う感じです。 アジアで一度も植民地になったことがない国としては、日本、タイ、朝鮮半島、台湾(日本により支配されてますが)のみですね。 リアルに植民地にならなかったのは日本とタイだけ 大航海時代以降は、早い者勝ちの精神で、未開のエリアの権益を力のある者が奪い合う歴史だったといえると思います。 この辺りは封建社会から産業革命、フランス革命やルネッサンスなど宗教と経済と王政などがかなり複雑に絡まり合っているので、一旦シンプルに人のグローバル化だけを考えてみると、「国単位でのグローバル化」だったといえると思います。 その時の王様に許し及びお金を出してもらって、冒険というか海外進出する。うまくいくとみんなで国策に則って移住する。という流れだったと思います。 その中でかなりの先住民族を虐殺したり、奴隷化したりしたと思います。 そしてそこに移動した人は全て、後にその国のアイデンティティに変わっていったと思います。 スペイン系アルゼンチン人や、アングロサクソン系アメリカ人は、基本的にはその土地にいついているため、遠くはなれた祖先が生まれた場所よりも新大陸の地に根付いたと思います。そして多くの人は、生まれ故郷や祖先の地には戻らずに新たな場所に居付き、そこで生活をしていきました。 大航海時代、人は未来のフロンティアを目指して、新大陸に渡ったと思うと本当に尊敬します。 当時は、そもそも国際移動は当然船です。船って沈没するねすよね。 かなりの確率で未開の地に足を踏み出さずになくなったことでしょう。 まとめると、この頃のグローバル化というのは「王」や「皇帝」又は「朝廷」を中心としたグローバル化だっといえると思います。時の為政者が、部下に命じたりなんかして、とにかくあの地を落とせ!!みたいな感じで進んでいったんだと思います。   帝国主義(軍国主義)(19世紀後半~第二次世界大戦まで) イギリスは産業革命の発祥の地であり、圧倒的な国力を武器にインドに東インド会社などを作り当初は自由貿易を謳歌していました。 しかし、産業革命の成功の国であるイギリスも19世紀中盤頃になると、重工業化に後れを取ったために次第に経済の停滞が始まりました。  経済が停滞し始めると、戦争が起きます。この頃の帝国主義というのは、様々な理由をつけて宣戦布告し国家として植民地にさせていました。 なので、多くの場合は軍人を主体として、まず開拓?というか植民地して、その後、民間人を連れてくると。 この頃の御多分に洩れず、いち早く先進国入りした日本も帝国主義となり満州国を、建国してました。 多分ですが、当時僕が生きていたら満州国に渡り商売を始めていたと思います。 帝国主義の時代、世界的に強いものが自分のネットーワークに組み込んでいくための獲得合戦でした。 この頃のグローバル化は、近代的な意味での「国家」が中心となってグローバル化を推し進めていったといえると思います。 個人や企業は国家に後押しされる形で移動しています。 国策的な移民もそうですね。 社会的に貧しい人たちを募ったりして、移民させたりなんかもしました。   ここまで、長くなったので続きは後編でお届けします。 ※珍しく青空になったハノイにて

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10.Jul, 2015

子供の事故からの学び ~ベトナム、ホーチミンでの外資系病院~

今日は経営とは直接関係のない、子どもを育てる中で気づいた話です。 昨日の日曜日、長男が大きな怪我を負いました。 怪我の箇所が、額だったこととその見た目があまりにも重症に見えたためかなり狼狽しました。日曜日だったことも有り長男と長女の二人とプールで遊んだ後、プールサイドのサンデッキで夫婦で会話をしてました。落ち着きのないうちの二人の息子はいつもの如く、周りをゴソゴソとしてました。サンデッキ自体は、高さが1mにも満たないようなものだったので特に危ないと思っていなかったのです。又は、プールの中は水なので、水回りの時は気を使っていたので、陸の部分が意識が薄れていたのかもしれません。サンデッキの周りにいてくれている最中は、危なくないと思っていたので、特に気に留めるわけでもなく会話を続けていたのですが、すぐ後ろで鈍い音とともに、長男が鳴き始めたのですぐ駆け寄りました。 「また転んだな」ぐらいに思って駆けつけたところ、出血しているようなので、大丈夫かなと見てみると、愕然としました。 怪我の箇所が切れているだけではなく明らかに陥没していたのです。 人生で一番狼狽した瞬間でした。 これまでに見たことのないような怪我の症状でした。 頭が割れてるんじゃないかと思ってしまい、その瞬間頭が真っ白になりかけました。 ただ、前頭部を打ったので、後頭部ではないこと、それに泣いていること、意識がはっきりしていること、そして何より私の問いかけに返答しているため、自分も気を取り直し近くのかかりつけの外資系クリニックに駆けつけました。 病院で、一旦脳への影響がなさそうだと言われ、一安心はしたところ、あいにく日曜日のため専門医もいません。 休日の担当医らしき普段見たことのないフランス人のお医者さんと話をしながらも緊急の問題ではなさそうな見解を示されました。 しかし、傷の損傷が激しいため、自分が縫うと良くないので専門の先生が用意ができ次第、手術にかかるということになり一旦、帰宅しました。 数時間後再度病院を訪れた時にはすでに夕方を過ぎてました。 外科医と小児科医と麻酔医の方が来て下さり、総勢6名ぐらいいらっしゃったかと思います。 手術が始まったのが午後7時30分過ぎ。オペレーションが終わったのが8時15分頃でした。 まだ4歳に満たない子供のため、1時間近い手術に我慢ができなかっことから全身麻酔をしました。 11時頃になってもまだ、全身麻酔の影響からふらふらしていたため、その後様子を見ていたら結局朝の6時まで病院にいることになりました。 昨日のことで、いろんなことを学びました。 1.人生とは改めてリスクに起こされているということ。ちょっとした事でも命にかかわることが起きるということ。特に子供の場合は、大人よりも死のリスクが高いです。本当に気をつけなければならない。何が起きるかわからないということを改めて肝に銘じなければならないと思いました。 2.マイナス(減点法)で人生を捉えないこと今回のことで長男の額には大きな傷跡が残ることになると思います。薄くはなるかもしれませんがどうなるかわわかりません。ただ、ついてしまった(あるいは親として子供に傷をつけてしまった)事を悔いても何も始まらない。人生とは様々なリスクや傷を負いながら生きていく。生きていることだけでプラスなんだと。起きてしまったことがマイナスなのではなく、プラスの中に様々な問題や取り返しの付かないことが起きていく。その問題や起きてしまったことに対して悔やむのではなく、そのことをバネにして次に行くしか無い。もっと大きな問題が起きてしまった時も同様のことを考えるように心がけようと思います。 3.周りの人への感謝そして最後に、プールサイドで起きてしまった時にインド系のお母さんが二人で一気に駆け寄ってくれて、まず支えてくれました。大丈夫大丈夫だと行って、子供を抱きかかえてくれました。瞬時に人を助けることが出来る人を心から尊敬しました。そして、同じマンションに住む日本人の友人がたまたま病院に行く時のタクシーを譲ってくれて、その後も心配して下さり、下の子(長女)の面倒が必要であれば言ってくださいねと声をかけてくださりました。そして、日曜日にもかかわらず真摯に対応してくれたファミリーメディカルプラクティスの先生や医療スタッフの方々に感謝します。手術の時間が整わずに一度家に戻らざる負えなかったり、対応が一瞬後手になったのですが、医療の現場というのは常に人の命が関係してくる場所。でも働いている人たちは、同じ人間。特にああいった瞬間は患者や患者の親族がナーバスになりがちだし、特に新興国であるベトナムの医療は常に不安がつきまとっています。そんな中でも迅速に対応していただき、緊急で集まり手術していただいた先生方に感謝致します。

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15.Jun, 2015

創立7周年 

創立7周年!! 2015年5月27日、ICONICは会社設立より7周年を迎えました。この7年が短いのか長いのかわかりませんが、7年経ったということだけは事実です。 これまでを振り返って、出来たこと出来てないことたくさんありますが全て受け止めて第8期をトライしたいと思います。今期は、これまでのキャッシュ・フローを重視した経営からより成長重視路線にシフトしてます。大型に資金調達をしたわけではないので、スタートアップ界隈を賑わしているような企業さんのようなどでかい投資はできません。しかし、自身で稼いだお金はフルに使っていきたいと思ってます。10周年を迎えるまでに今の5倍以上は成長できている状態を目指します。 今期も何卒よろしくお願いいたします! ※写真は昼休みにホーチミンのメンバーとケーキを食べてる様子  

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27.May, 2015

ベトナムでビジネスブログをリニューアル!

アメブロで創業前の2007年11月からブログをスタートしてきました。昨年より自社サイト内にてブログを運営し始めたのを気に、ブログ機能もリニューアルしてスタートすることにしました。最近は、FacebookなどのSNSが出てきたことでブログを書くきっかけがなかなか見いだせてなかったのですが改めて自身の思考の整理も含めて文章に落とす事をしていきたいと思います。 ceoblog.iconic-intl.com よろしくお願いします!

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26.May, 2015

アジアで働くWEBメディア(ブログ)始動!

先日、iconic-jp.comをリリースを発表させていただきました。本年3月に東京オフィスを解説したことに伴い、より一層 「アジア×キャリア」そして「アジア×人材」というフィールドへ事業領域を拡大し成長を図っていく狙いが有ります。東京オフィス開設したことに伴い、WEBサイトのあり方を考えなおし、上記のアジア×キャリアに則したWEBを展開していくことに決めました。具体的な狙いとしては、以下があります。【URL】iconic-jp.com【コンテンツ】◎アジア各国のグローバル求人情報 ・アジア拠点への駐在員求人 ・アジア拠点での現地採用求人 ・日本国内の海外部門における求人 ・日本国内のアジア系人材向け求人 など◎グローバル採用の現場ノウハウ情報ブログ「アジアで働くWEBメディア」(求職者向け) ・アジア各国におけるビザ・労働許可書の最新情報 ・アジア各国の生活情報・求人動向 など(企業向け) ・アジア各国人材の採用時のポイント・優秀人材採用ノウハウ ・アジア各国における給与・昇給率水準 ・アジア各国の労働法・人事労務管理ノウハウ など本ブログは、「ベトナムでビジネスを立ち上げている人の話」ということで、私自身がベトナムでICONICを創業する直前の記録を残そうという狙いでスタートしました。現在は、既にベトナムだけではなく、インドネシアや日本でも事業をスタートしております。まだ完全にこちらでのブログ記載をやめようと思ったわけではないのですが、より幅広い意味をもたせるという意味でも、今後のメインのブログは以下のサイトで記載していこうと思ってます。アジアで働くWEBメディア 社長Blog http://iconic-jp.com/blogこのサイト内では、主にアジアで働くやアジアでビジネスするといった内容を記載していきますので期待してくださいませ!

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28.Jun, 2014
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